1.2024年問題を迎える運送業の課題
2024年4月1日より、企業規模に関係なく、自動車運転業について年960時間の罰則付き上限規制が施行されます。運送業を営む企業は上記規制に向けて労働時間管理及び賃金制度の見直しを行い、さらに、賃金原資拡大のために運賃の値上げ交渉や待機時間縮小のために荷主との協議を進めています。今までは厳密な労働時間管理を行っておらず、ドライバーとの合意で、仕事に対して決められた給与を支払うという慣行もあったかもしれませんが、今後は長時間労働を抑止すること、かつ限られた賃金原資の中で効率的に従業員に賃金を分配する意識を持つ必要があります。
2.変形労働時間制度を導入する背景
長時間労働の抑止、労働時間の効率化の観点から、トラック運転手においても変形労働時間制を導入する企業もあります。労働基準法は基本の労働時間規制として1週40時間(特例除く)、1日あたり8時間と定めています(法32条)。法定労働時間を超える場合には、労働基準法所定の労使協定を労働基準監督署に届け出なければならず(法36条。届出のない違法残業には罰則あり)、これを超える場合には法定の割増率を加算して賃金を支払う義務があります(法37条)。しかし、運送業務によっては、1か月の特定の時期に業務が集中する、1年間の特定の季節に時期に業務が集中する場合もあり、通常の労働時間制度だと、閑散期に必要のない労働時間が発生し、繁忙期に長時間労働をせざるを得ないこととなります。また、長時間労働による割増賃金負担が会社の利益率を下げてしまいます。
そこで、業務の繁閑がある程度予想できるのであれば、閑散期の労働力を繁忙期に集中させることで、平均的には法定労働時間を超えないように法定労働時間制度を弾力化したものが「変形労働時間制度」です。
3.自動車運送業で代表的な変形労働時間制
(1)1か月以内の期間の変形労働時間制(法32条の2)
1ヶ月以内の一定の期間を平均して1週間当たりの労働時間が40時間以内となるように、労働日及び労働日ごとの労働時間を設定した場合、労働時間が特定の日に8時間を超えたり、特定の週に40時間を超えることが可能となる制度です。例えば、月初・月末が忙しく、月の中頃は比較的仕事量が少ない事業場なら、1ヶ月単位の変形労働時間制が適しています。なお、1ヶ月単位の変形労働時間制を導入するには、就業規則「または」労使協定で必要事項を定めて、所轄の労働基準監督署に届け出る必要があります。
ただし、この制度では、対象労働者の範囲、対象期間及び起算日だけでなく、対象期間すべてにおける労働日及び労働日ごとの労働時間を予め定めなければなりません。この労働日及び労働時間の「特定」が最大の関門です。シフト表やカレンダーなどで、対象期間全ての労働日ごとの労働時間を予め具体的に定める必要があり、特定した労働日又は労働日ごとの労働時間を使用者が恣意的に変更することができません。したがって、荷主の都合により直前で業務量が変わるような場合では、変形労働時間制度は使えず、仮に使ってしまっていると、後で無効となって、過剰な割増賃金の支払を迫られるというデメリットがあります。この点を慎重に見極めて導入を検討頂きたいと思います。
(変形のイメージ)奈良労働局労働基準部監督課「トラック運転者の変形労働時間制導入のポイント‐1か月単位の変形労働時間制-」より抜粋
(2)1年以内の期間の変形労働時間制(法32条の4)
上記(1)は1か月以内でしたが、季節ごとに繁忙時期が異なり、時期が予め特定できる運送業務については、1年以内の期間の変形労働制が適しています。これは、1年以内の一定の期間を平均して1週間当たりの労働時間が40時間以内となるように、労働日及び労働日ごとの労働時間を設定した場合、労働時間が特定の日に8時間を超えたり、特定の週に40時間を超えることが可能となる制度です(但し、年間の労働日数や労働時間の上限はあります)。(1)の1か月以内の期間の場合では、就業規則「または」労使協定での定めでしたが、1年単位の場合は、労使協定の作成・届出は必須であり、常時使用する労働者が10人以上いる場合は就業規則の作成・届出も必須となります(法89条)。
さらに、(1)の1か月以内の期間の場合と同じく、対象労働者の範囲、対象期間及び起算日に加えて、業務多忙な「特定期間」を設定しなければなりません。そして、対象期間を平均して1週間の労働時間が40時間になるよう、対象期間内の各日、各週の所定労働時間を定める必要があります。なお、対象期間の全期間にわたって定めなければなりませんが、期間を1か月以上に区分することができ、その場合は、
- 最初の期間における労働日
- 最初の期間における労働日ごとの労働時間
- 最初の期間を除く各期間における労働日数
- 最初の期間を除く各期間における総労働時間数
を定めればよいとされています。
これは、1年の最初に1年間全ての日付の労働時間を決定することは現実的ではないので、最初の期間を除く各期間の労働日と労働日ごとの労働時間については、その期間の始まる少なくとも30日前に、過半数組合又は過半数代表の同意を得て、書面で定めれば足ります。以下のイメージをご参照ください。
(30日前の労働日・労働日毎の時間の定め方)奈良労働局労働基準部監督課「トラック運転者の変形労働時間制導入のポイント‐1年単位の変形労働時間制-」より抜粋
なお、一度定めた「労働日」「労働時間」を任意に変更することはできません。やはり、この点が変形労働制を導入するか否かを決める最大の壁になります。荷主都合で業務量が直前にならないとわからないような場合は、制度が無効になるリスクが高く、その場合の長時間労働数及び過剰な割増賃金支払義務の発生というデメリットの方が大きいので、制度導入を控えた方がよいと考えます。
また、末尾に1年間を対象期間とする場合の労働日、労働時間の特定したカレンダーの記載例を掲載していますので、ご参考にしてください。
4.むすびに
上記のとおり、変形労働時間制度は効率的な労働力の確保により、自動車運送業務における一定期間での長時間労働の抑止につながり、ひいては未払残業代リスクを軽減させることにつながりますが、運用において法律上の要件を満たしていないと判断される場合には、変形労働時間制度自体が無効となり、思わぬ長時間労働の発生及び未払残業代発生のリスクが発生します。導入においては、くれぐれも専門家のアドバイスを求められることをお勧めします。
以上
(参考例)奈良労働局労働基準部監督課「トラック運転者の変形労働時間制導入のポイント‐1年単位の変形労働時間制-」より抜粋